ラムセス3世のオベリスク (ルクソール美術館) オベリスク全リストへ戻る

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現在地:  エジプト、ルクソール、ルクソール美術館(屋内展示)
北緯
25°42′26.8″(25.707454) 東経32°40′2.0″(32.644490)
創建王:  ラムセス3世(新王国第20王朝,在位,紀元前12世紀)
高さ:  95.5センチ
石材:  赤色花崗岩

場所について:
 ルクソール美術館はルクソール博物館と呼ばれる方が一般的であると思います。museumは大英博物館、ルーブル美術館のように、どちらの訳語も使われていますが、「カイロ・エジプト博物館・ルクソール美術館への招待」の著者の松本 弥氏は"The Luxor Museum of Acient Egyptian Art"という正式名称と実際の展示形態から美術館とする方が適切だと判断されていますので、当サイトでもルクソール美術館と表記することにいたしました。
luxormuseum.jpg  ルクソール美術館は1975年に開館しました。エジプトではカイロのエジプト博物館に次ぐ規模の美術館ですが、展示方法や照明の仕方などは現代的で洗練されていますし、収集品も充実しているので、世界的に見ても一流の水準の美術館といえるでしょう。
 展示品はルクソール近郊で収集された遺物で占められていて、特に後代のファラオによって異端とされたアクエンアテン王関連の展示品と、1989年2月にルクソール神殿のアメンホテプ3世の中庭(第2中庭)で発見されたハトホル女神座像などが目を引きます。
 また、単に収蔵品を並べて展示しているだけでなく、1989年にルクソール神殿で発見された多数の石像の発掘の様子や、壊れて断片となっていた石像を修復する過程などの展示もあり、展示方法には工夫が凝らされています。
 従来はルクソール美術館内の写真撮影は禁じられていたため、筆者はエジプト国営旅行社経由で撮影許可を申し込み、ルクソール美術館より許可を取得した上で、2014年の8月8日に現地を訪れました。しかし、2016年4月に訪れたときには別料金(50EGP)を払えば写真撮影ができるようになっていました。

行き方:
 ルクソール美術館は、ルクソール神殿からナイル川沿いのメインストリートを北東に800mほど行ったところにあります。ルクソール市内の大半のホテルからは、やや遠いですが十分に歩いていける距離です。
2015年までGoogle mapのルクソール美術館の場所は誤っていて、ルクソール神殿に隣接した所になっていましたが、その後修正されています。薄い赤褐色の近代的なビルですから写真を見ていればすぐに分かりますし、チケット売り場には英語でLUXOR MUSEUMと書かれていますから間違えることはないでしょう。ただ、博物館の正面は車が通れないように規制されているので、タクシーに乗って行くと裏通りの場所に連れていかれるので不安になるかもしれません。
 なお、ルクソール博物館は2008年夏に訪れた時には夜は10時まで開いていたのですが、観光客が激減したせいか、2014年の夏には朝9時から午後3時までしか開いていませんでした。しかし、2016年の4月に再度訪れたときには朝9時から午後2時までと、夕方5時から夜9時までの2回開いているようになりました。

オベリスクについて:
 カルナックのアメン大神殿の第9塔門と第10塔門の間の中庭の西側で、1923年に発見されたラムセス3世(在位 紀元前1182~1151)のオベリスクです。高さはわずか95.5cmです。下部が失われていますので、元は今よりも高かったでしょうが、頂上部の太さからみて3mには満たなかったのではないかと思われます。ラムセス3世は2本ペアになったオベリスクをアメン大神殿に奉納したものと考えられていますが、もう片方は失われています。ラムセス3世のオベリスクでは、これが唯一残っているものです。
 美術館内は電球色の照明が使われているため、オベリスクはかなり赤みがかった色になっています。このオベリスクは屋内展示なので、方角ではなく正面と左右の面と記載しますが、碑文の保存状態は良く、特に正面と右面はヒエログリフが鮮明に見えます。背面は壁までの距離が近過ぎるので写真撮影は断念しました。
 碑文は各面共に1行です。撮影できた3方向の面を見比べると、ラムセス3世のホルス名は同一の表記法になっています。ホルス名以下の文章は3面で異なっており、右面はホルス名の下にラムセス3世の即位名が刻まれていますが、その直後でオベリスクは割れています。また、オベリスクの碑文の表記法から考えますと、現在正面に展示されている面が本来のオベリスクの正面であったとは思えません。最上部のホルスの向きは、左面か撮影できなかった背面が本来の正面であったことを示しています。
 なお、実はこのオベリスクの存在こそが、筆者が断片を含めたオベリスクを記録に残そうと考えたきっかけなのです。オベリスクの日本語版のWikipediaでは、このオベリスクは室内展示のため「現存する30本の古代オベリスク」には含めていませんが、「その他の小型オベリスク(屋内)」には、ダーラム大学のオリエント博物館のアメンホテプ2世のオベリスク(日本語版のWikipediaではアメンホテプ22世となっていますが誤記です)と共に掲載しています。また、英文のWikipediaでは現存する古代エジプトのオベリスクとして29本が紹介されており、このオベリスクが記載されています。
 それにもかかわらず、エジプト博物館やアスワンのヌビア博物館に展示されているオベリスクについては記載されていません。このオベリスクは屋内展示で、高さはたった95.5cm、しかもおそらく約半分が失われている断片です。しかし、ヌビア博物館に屋外展示されているラムセス2世のオベリスクは、保存状態が良くほぼ完全な形をしたものですし、エジプト博物館にはより大型のオベリスクが多数屋外展示されているのです。ルクソール美術館のオベリスクが記載されているのに、エジプト博物館やヌビア博物館、あるいは大英博物館のオベリスクはなぜ記載されていないのか?明確な判断基準の下で取捨選択されたとは思えず、むしろWikipediaの筆者の単なる知識不足が原因なのではないのかと勘ぐりたくなるような状態なのです。
 その理由は定かではありませんが、エジプトにある断片のオベリスクは非常に情報が少ないことが一因であることは確かでしょう。さらにレバノンのオベリスクに至っては言及されている方が稀なくらいです。そこで世界に残るオベリスクを、断片を含めて自分の目で確かめながら記録に残そうと思い立ったわけです。
 なお、2016年にルクソール美術館を再訪した際には、「オベリスクを奉納するハトシェプストの浮彫り」を見たかったのですが展示されていませんでした。このレリーフの石材はアメン大神殿の第3塔門の復元工事の際に、詰め石となっているのが発見されたもので、ルクソール美術館が開館してからはここに展示されていました。美術館の係員に聞いたら「カルナックのアメン大神殿の『赤の祠堂』に戻されている」とのことでした。
 この「赤の祠堂」は1997年にアメン大神殿の付属施設の野外博物館の施設の一つとして修復されたので、その時すでに移されていたのかもしれません。現地でこのレリーフを見て来た方もいるようですので、再度ルクソールを訪れる機会があれば訪れてみたいと思います。

撮影メモ:
 2014年には写真撮影の許可を公式に得るのにかなり苦労しましたが、2016年には50EGPを払えば撮影ができるようになっていました。館内の照明はかなり暗いので撮影の対象によっては三脚が必要ですが、これも追加料金を支払えば可能になりました。ただ、長年にわたってルクソール美術館での写真撮影は特別な許可を得ないと禁止の状態が続いていましたので、今回の撮影許可の方針転換がいつまで続くのかは分かりません。

luxormuseum_left2.jpg
左面

luxormuseum_front.jpg
正面

luxormuseum_right.jpg
右面

美術館の英文説明


OBELISK OF KING RAMESSES III

A small obelisk is written on it's
four Sides by Hierogryphic with
name of Ramesses III

Granite 1193 - 1162 B.C.
Karnak
正面は2014年8月8日、側面は2016年5月2日 撮影:長瀬博之 (画像をクリックすると高解像度の画像が見られます)

共同著作・編集: 長瀬博之 nagase@obelisks.org、岡本正二 okamaoto@obelisks.org