タハリール広場のオベリスク オベリスク全リストへ戻る

大きな地図で見る          cairo_metroは地下鉄駅を表す記号です

現在地:  エジプト、カイロ、タハリール広場
北緯
31°14′08.6″(31.235722) 東経30°02′40.1″(30.044472)
創建王:  ラムセス2世(新王国第19王朝,在位,紀元前13世紀)
高さ:  約19メートル(17mの報道もある)
石材:  赤色花崗岩

場所について:
 タハリール広場はカイロ市の中心部にあり、近くにはエジプト考古学博物館があります。タハリールとはアラビア語で「解放」という意味で、1952年のエジプト革命の際に命名されました。それ以前はイスマ-イーリヤ広場とよばれていました。2011年の「アラブの春」の時には、この広場は当時のムバラク政権に対する大群衆のデモの舞台となり、この広場は一躍世界中の注目を集めることとなりました。2020年2月に、サンエルハガルの遺跡に倒壊して断片となっていたラムセス2世のオベリスクが、修復を経てここに建てられたのです。この文章は2025年1月12日に現地を訪れた記録です。

オベリスクの再建工事を視察するワジリ氏
再建工事を視察するエジプト考古学最高評議会事務局長(当時)のモスタファ・ワジリ氏(2020年2月18日 www.egypttoday.com )

行き方:
 タハリール広場はカイロ市の中心地で、むしろここを起点に場所の説明をするほどの地点なのですが、強いて説明をするならば、カイロの地下鉄の1号線と2号線の乗換駅であるSadat駅のすぐ近くです。広場は円形でさほど広くはなく、周囲はロータリーになっています。近くには信号機がありますが、ロータリーそのものには信号機は無く、ほぼ間断なく自動車が走っていますので、ロータリーの中心部に行くために道路を横断する際には十分に安全に注意してください。しばらく待っていれば車は途切れますし、ゆっくり焦らずに歩いて横断していれば、車は減速はしませんが歩行者めがけて突っ込んでくることもありません。むしろ突然歩く方向を変えたり走ったりすると、運転手は不意を衝かれて戸惑いますのでかえって危険です。普通の道路横断の際には地元民と一緒に渉るのが鉄則ですが、ロータリーを横切って中心部のオベリスクに向おうとする市民は滅多にいません。なお、オベリスクの周囲には警察官や兵士が警戒のために立っていますが、カメラを見せて写真を撮るんだと言えば禁止されることはありません。でも、彼等の任務はオベリスクの警備ですから、ロータリーを走る車の交通整理などしてはくれません。

オベリスクについて:
 このラムセス2世のオベリスクが、サンエルハガルの遺跡から搬出され「カイロ付近」で修復され、タハリール広場に設置された時の状況は、報道記事で確認ができます。
 まず、2019年9月5日のahram online英語版には8個の大きなブロックに分かれていた断片が9月初頭にカイロに到着し、修復作業が開始されたと報じています。次に2020年2月2日のegypt today(英語)には、オベリスクの一番下側の土台の部分の建設工事の様子が報じられています。また、この記事では「最高考古評議会のモスタファ・ワジリ事務局長(当時)は、タハリール広場をカイロ市の考古学および観光の名所の中の新たな人気スポットとして開発・改修するという政府の計画の枠組みの中で、エジプト考古学常設委員会の承認を受け、観光考古警察による厳重な警備体制の下で移送作業が行われたと説明した」と報じています。また土台の搬出は2019年の8月29日に実施されたと書いてあります。ただ、この記事の日付は2月2日ですが、2月18日にはオベリスクが設置されて、モスタファ・ワジリ氏が視察に行っているわけですから、突貫工事が行われたのか、この2月2日の記事の写真が、それよりも古いのかは分かりません。
 下記の写真は真冬(1月12日)に筆者が撮影したものですが、太陽の高度も低く、逆光になった面の写真はうまく撮影できませんでしたが、西側と南側の面は鮮明に写っていて、断片は一部分で大半が修復部分であることが判ります。恐らく最も下側の石が、上記の記事の「土台」と書かれている物だと思います。なお、2014年と2018年のサンエルハガル調査の際の写真と見比べても明確に同定できるものはまだ見つかっていません。
 また、この写真を改めて眺めていて疑問に感じたのは、なぜ、これほど継ぎ目や補修箇所が、わざわざ一目瞭然になる状態で補修されたのだろうか?という疑問です。もう少し本来の断片に近い色のセメントに統一して、一見してつぎはぎだらけの印象を受けることは避けられた感じもするのですが。ただ、博物館に置かれている土器などには、意図的に修復箇所が一目でわかるように修復されているものもありますので、これが考古学者の矜持なのかもしれません。
 オベリスクの基台の四方に置かれている羊頭のスフィンクスは、ルクソールのカルナック神殿の入口にあったスフィンクスを移設したものです。「砂岩のスフィンクス4体をカイロのタハリール広場に移設することは、猛暑と大気汚染にさらすことになる」と一部のエジプトの考古学者は提訴しましたが、これは押し切られました。(英国Guardian紙2020年5月7日)

撮影メモ:
 タハリール広場のオベリスク建設については、ニュースでもたびたび報じられ、特に2021年4月の、ミイラ22体をエジプト考古学博物館から新たに作られたエジプト文明博物館に移送した「ファラオ黄金のパレード」の際には、このオベリスクの横を通過したのでひときわ目立つこととなりました。少なからぬ読者から、「なぜ載っていないんだ?」とご指摘もいただき、心苦しく思っていたのですが、当時はコロナ禍の真っ最中で渡航もできず、その後は大エジプト博物館(GEM)のオープンの延期が何度も繰り返されたので、渡航のタイミングを失していました。2025年1月はGEMはまだプレオープンでしたが、GEMの正面のオベリスクは撮影可能となったので、エジプト渡航を決心し、ようやくアップデートすることが出来ました。

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西面

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南面

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東面

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北面

2025年1月12日 撮影:長瀬博之 (画像をクリックすると高解像度の画像が見られます)

共同著作・編集: 長瀬博之 nagase@obelisks.org、岡本正二 okamaoto@obelisks.org